食べられる夢を見た

データ分析とデザインのあいだ

理解に時間がかかることとわからないからつまらない

PUBGというゲームにハマっている。

戦場をテーマにしたバトルロイヤルゲームで、テーマ的には優しい世界みたいなものとは真逆なものの、現実とは切り離された認識で楽しんでいる。

 

キャラがレベルアップして強くなることもなければ、初期装備で強い武器を持てるような課金システムも(多分)ない。これがまぁ難易度が絶妙で、調子が良ければアイテム収集も索敵も狙撃もバシバシ決まりランク上位に食い込むことができるが、運が悪いと開始数秒で倒されてしまうこともある。

 

最近は新しいゲームをあんまりやってなかったのだが、少し前にやっていたスマホゲームとかだと、序盤の認知・学習コストを徹底的に減らそうとするイメージ。まずは定着を目的としているからだと思っていたが、PUBGはチュートリアルこそあるものの、序盤の放り出され方がすごい。自由度が高いのもあって、どう動くのが正解なのかほぼわからない。笑

そこから、上手い人の動画とか見て、自分なりに試行錯誤して、少しずつ強くなっていく。でもすぐ負ける時がある。勝てる時もある。

理解に時間がかかることほど、理解できてきた時のハマり方が凄まじい。

 

唐突だが、落語にもここ数年ハマっていて。

落語の好きなところとかハマった経緯とかはまた改めてまとめてみようと思うが、落語も理解するコストが高いことがある。

 

新作落語はともかく、古典だと江戸文化が前提になっているし、何より独りの演者が一枚の座布団の上でほぼ小道具も使わず話すので、想像で補完する量が多い多い。

僕がよく行く渋谷らくごでは、4人×30分で2時間、集中しているとめちゃくちゃ疲れる。が、その分良さが後からじんわり滲み出てきて時間差で心を満たすのである。

同じ噺を別の演者がやって、1度目には理解しきれなかった別の魅力を発見する幸せすらある。こんなにスルメな体験、他にどれだけあるでしょう。

 

何が言いたいかというと、理解できないからといってすぐに面白くないと見切りをつけるのではなく、理解できないということをもっと楽しむのがオススメですよ、って話でした。

 

おあとがよろしいようで、今回はこの辺で。